アサリとアスパラのパスタ

アサリが出ていてお安かった。アスパラもお安い。母がよく作っていたパスタを作った。美味しかった。でも白ワインあるかな?ニンニクも確か冷蔵庫にあったし…と思い出しながら買っていた。白ワインはどこかで買ってこなくちゃなぁ…。

痩せいているのかはちゃんと量ってないけど、へちゃむくれに老けたなと思っていたけど痩せる?に従って過去の面影が出てきて、美意識向上頑張ろうと思います。年相応だけども。

訪看さんと散歩してたら金木犀の香りがするって訪看さんが言ってて、季節が違うけど確かに…と花を探したら沈丁花だった。沈丁花!っていう平原綾香さんの曲あった気がする。探してみよう。

ずっと家を移動したことがないせいか、訪看さんと過去、小学生や中学生や高校を深掘りした会話が多い。わたしは過去すぎてあんまり覚えていないのもあって、カウンセリングとかでも学級委員だったとかは言いそびれたまま忘れていて、色々ダメすぎて不登校になったと予測していたんだろうけど、診断書に特記する過去がないらしく、記述がなくなっていた。

本当に中学は学級崩壊していて行くのがしんどかったり、生理が重かったりの戸惑いが増えた結果だった気がする。いじめられたことは絵が表彰されたからだと思いますね…その男も同じアートスクールに通っていた。

美術大賞みたいな一番いい賞もらって、友達に習い事できるからもらえるんだ!と嫉妬された。わたしは習い事に行かせれば親が見なくても放置プレイで行けるから習い事しているだけで、目的があって習っていたわけでは実際はない。小学生から習っていたけど、中学に上がってから、周囲の子は習い事でひたすら悪口言いまくってるだけで居心地悪いし、行く気なくサボっていた。

先輩の机に乗って跳ねていたとか問題行動しがちな男子だったので行くの嫌だった。学校に行かなくなったことが大問題になり、いろんな友達が妹に頼んで手紙をくれるようになり、友達伝いにその男子が「学校に来ておくれよ」と手紙をよこしてきた。おせーよ、行かねーよ…。

よく考えてみるといろんな人が心配してくれて、友達に好かれていたみたいです。不登校だと聞こえが悪く、先生が学校に来てほしくて必死で友達をクラスメイトにしたり、配慮が気持ち悪かったですね。結局、20歳過ぎて病気になったことが言えないから疎遠になった。

小学生の頃は習字で表彰されがちだった。嫉妬とかいう概念なかったけどはたから見たら学業もその頃だけだけど、優秀で面白くないと自分の子じゃないからお母さん方から思われるのかもしれませんね…。

いざきちんと勉強したらできるとは思うけど、受験勉強の機会がなくてあんまり勉強しなかった。わたしが行きたかったのは美大なんだけど学業もできないといけないとお前には無理だと母に言われデザイン科の短大しか受けなかった。

調子が悪くてデッサンなどの予備校に通う元気が高校の時なかったのもある。21歳で発病しちゃって短大じゃなかったら卒業できなかったので結果オーライなのかなと感じる。

通学時はすこぶる調子が悪すぎて、毎度保健室で寝込んでいたらそのうち発病した…。それから友達とは遊んでいたが家にずっと引きこもっていて通院しているだけで、20代の頃、異性にちやほやされた覚えは特にない。28歳〜30代になって外に出ていっただけで。