ヨーヨーと駒

これも年甲斐もなくガチャガチャでゲットしたけど、やっぱりアンパンマンの方が好評でした。大人の家族のiPadのこどもチャレンジ使いこなす幼稚園の小さいお友達でしたよ、自分と時代が全然もう違うぞ…。

ジェネレーションギャップがすごい、もう幼稚園でiPadでお絵かき。子育てとは今は特にお金かかりますね。カタカタ動くアンパンマン達は行ったり来たりで楽しそうでしたよ。ヨーヨーはまだ早そうだった。

一人わびしくクリボッチ(そこまで悲壮感はないけどいつもみたいに街のクリスマス仕様にほっこり感を感じないのが今年初めてなんですよ…自分でも心境の変化にびっくりです。

いつもクリスマスイルミネーションで暗い街が照らされていると心がほっこりなごんでいたのに今年はどうなるのか?)、年の瀬には紅白でもまったりと見るとします。

結婚って孤独になる時、このためにあったんだなと必要性を感じなかったわたしはなんなんだろうという感じです。母との生活に文句を言いながらも満足していたからなぁと。

なぜかここをチェックというか見ているみんなは今年はどういう年でしたか?わたしはとても大変でしたよ、療養生活を経てよくなったけどまた同じことにならないように気をつけないといけませんし。

母が家でひとりぼっちで認知症が悪くなっているのに自分の療養が最優先という感じに周囲にされてしまい、全く手出しできない状況がとても辛く、

家で母が火事を起こさないだろうかと感じていたため心労で母のことを主に訴えたら逆にもっと悪く見られていたけど、一件落着しつつあるのでこれでも最善は尽くしたとよしとしなければなりませんし。

最善を尽くしたと言っても実質的に施設を見つけるまで動いてくれたのは兄弟なので、サバサバしていてテキパキ動けるハード面はまかせて、今まで母と一緒に住んでいて心のケアというか優しさや癒しというか、

自分で言うなやですが、ハード面は全くだけどソフトの心の支えをまかなえるわたしにもまだやるべきことはあると感じています。と言っても母は随分遠くに行ってしまいます。

今年なんとなくやることが明確化されたのはできれば同じ屋根に暮らすパートナーがいるといいなと薄ぼんやり考えるようになったことです。今まで母といて満たされすぎていたんでしょうね。

いらんことでも話せる相手がいるのといないのとでは全然違ってわたしは家族を必要とする派な気がするのに今までプラプラ何もしないで来てしまいましたね。と、家の掃除です。

まずは家の掃除。パートナーが仮に見つかっても家に呼べるレベルでまず掃除せなという感じです。全くいないですよもちろん。

でも自分の地元はここなんですよね…。母の行く先にも呼ばれているけど寂しさにかまけて行きたい気持ちもあるが、自宅はここにあるしと揺れるけど。

わたしの地元はあくまでここという意識が芽生えていますね…。確かに新しい地もいいけど今まで出会った人たちは全員ここにいる、地元はここなんだよなと。

一人で生きるのか誰かと生きるのかも全くノープランだけど、地元、ここ、母のいる新天地に行く勇気、今はちょっとない。とりあえず自宅でひとりでクリボッチ、年の瀬を迎えられるよう整えていきます。

今回、心のバランスを崩した影響で訪問看護さんなど支援する方が入ることが計画に入ったので全くの孤立無援の孤独ではなくなったのでタイミングは逆に良かったのかと感じます。

孤独死、とはならないだろうと。逆に心のバランスを崩していなかったらおそらく完全ボッチになっても知識がなく得られなかったであろう訪問支援制度でした。

訪問支援に入っていただくにはおそらく状態安定しすぎていて支援ギリ切られそうでしたし。安定していたため短大卒から大学卒になるよう安く自力卒業してましたしね数年前。そしたら手厚い支援は受けるのが難しい可能性もあったにはあっただろうと。

療養生活中は落ちて行く自分しか想像できませんでしたが、やれることがたくさんあるとたくさんの人に言われまくりました。確かになとひとりでブログを書いていても感じます。たとえひとりきりでもできることありますよね。

今日は折しも母の誕生日で母の新たな旅立ちの日です。わたしも母に合わせて自宅にて独り立ちです。母のヘルパーさんに、これからをいかに人生楽しむかですよ、とアドバイスを受けていてもマイペースな母ですが。