江原さんを支持しているのは、堕胎は殺人ですと定義がしっかりしているから
賛否両論あるとは思いますが、わたしはそう感じています。江原さんを支持しているのは堕胎などの命の倫理がしっかりしていると感じるからです。わたしの直接の利益になることではないのですが、心の利益にはなって考え方が安定するというか欠かせない定義でした。
それに、もっと安易に世間に広く流布したいのならばもっと耳障りのいいことを広めるし、そんなことは言わないんだろうな、と本物に感じるきっかけでもあります。
でも、わたしがもし不用意に妊娠して、どうするかということになったら相当狼狽して実際はなんとかできないか、と産む気持ちでいても考えあぐねると思います。でも、わたしには生まれる前だったら赤ちゃんを処分しても罪にはならないしセーフだしいいという言説の方が屁理屈なのではないかと感じられます。
困っている人を責めるつもりはないけど、産んだほうが宿ったたましいのためにもいいのだろうと感じます。その子が苦しい状況に陥らないようにする必要はあるけど、宿った時点でこの状況でも生まれたいたましいなんだろうなと。(育てられないと判断して施設に入れたりするのも、殺すよりはいいと思った愛も含まれているという感じで、考えさせられます)
でもわたしもひよこは可愛いのに、卵やとり肉を食いまくっているとか、いくつもの矛盾点を抱えているなぁとも感じてはいます。江原さんの本を読み出したのは20代前半くらいからだったので、それから自分の若い頃なりのあり方を本が出るたびによく考えて、不用意に妊娠して自分が困ったりするような中途半端な行動をこれからも控えようということは読んで動機になっていたのも事実です。
江原さんを支持しているとは感じていても、内心死にたいと思うこともあったり、早くいのちがなくならないかな、と投げやりに感じることは多々あって、自分のいのちを大切に思っていなかったり、いくつもの矛盾点を抱えて生きていますね。これまでいろんないのちと引き換えに生かされてきた感謝が足りないなと未熟さを感じたりします。
さいきんゆらぎを感じる
もしかしたら服薬の影響から生理不順になっているのかもしれないけど、今までしっかりあった経血がとても少なくなったり、不正出血と見分けのつかない感覚できたりと、もしかしたらわたしもそろそろ閉経なのかもしれないな?という感じを感じています。直近3年間、再発後の薬が多かった頃は生理がその影響で止まっていたので、薬の兼ね合いなのかはわかりません。
閉経というのは女性という終わりよりも、自分の知らない状況を理解できるきっかけになるので不安よりはワクワクしています。体の不調は大変だろうし嫌だけど、女性としてたくさんの人が苦しんでいることが理解できる気がして、前よりも一歩共感力を得て大人になれるんじゃないかな、とこれからくる経験を前向きに捉えています。
最近は50代くらいの主に女性の発信もよく見ています。老いを前向きに捉えてこういうこともあるよねというのを理解して無理なく対処していきたいです。秋になったら馴染みの婦人科に行って相談してみたいと思っています。
今は暑いので無理なく過ごして。若さを保ちたいというより、女性として女性の共感力を持てる自分になりたい気持ちがあります。前向きに更年期を発信している方の発信をよく見てみようと思っています。
文章を書きながら考えているのは、統合失調症以外に大きな体の病はなく更年期を迎えるというのは、結構幸せなことだし、生かされているよねというのを感じて、確かに感謝しかないんだよなぁと感じたりします。
堕胎は殺人ですということが定義されると、ということは障害がある子であっても育てていきましょうとなることが基本なのだろうということがわかり、物事がシンプルで正しく見えてくる利点も感じています。
ただの綺麗事や理想論として片付けられる現実はあると思いますが、後天的な病気で死を選ぶ人はそこまでいないのに、先天的な病気は最初から選別するというのはある種の差別にも感じられます。誰でも中途で病気になることはあるのになぁとも感じます。悪い遺伝子は淘汰されるというと、その方は自分は計算に含んでいない傲慢さも感じるというか。わたしは病気を持っているので誰が病気になるかなんてルーレットだと思っているので。











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