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 勝手に死なれちゃ困ります
読みはじめだけど、おぉ〜みたいな感想。高校生の孫がいても非正規雇用が今の若者だと半分ってこと知らなかった団塊世代〜上の世代の方もいますよね…。普通にニュースとかでやってないのかなというか上の世代の人って若い世代とか子どもの貧困とかわりと憂慮してないですよね。

小さい子どもが食べられないって大問題だと思うんだけどそもそも気付いてない…。私の家だと子どもの頃はテレビを見てご飯を食べちゃいけないんだけど、食卓は終始無言で食べるのでつまらないからなるべく早く食べてテレビを見たかった感じですね…。ものすごく嫌いなものも一口は食べなさいと言われましたし。そうすると大人になると食べられるものはわりと増えますね。

親が庇護者の座から滑り落ちる日がくるっていうことが漠然と不安な世代が自分くらいの世代らしい。でも親が死ぬかなみたいな状況繰り返すとさすがに明日のことはわからないけど覚悟するしかないだろうなってなると思うというか、こうなったらどういうパターンになりがちなのかなるべくなら自分で知識を仕入れたほうが自分の今後を設定しやすいような気がする。

これって友達親子みたいな恵まれた家庭の人の方がわりきれなさそうですね。私の親は一緒に今後のことを相談しに行ったら、終活の用紙を書かないかと勧められていた…団塊の世代の親なんだけど、ここまで生きて自分の最後を考えたくないのかなんなのか。エンディングノートを書くのは周囲の人への愛だという説もあるけど、私自身も死んだ後とかもし終末期医療の選択をせまられるなど、親が自分の意思を一切示さず死ぬのは正直すごく困るけど。

正直もうすぐ親が死ぬんだろうなとかで不安で揺れる時期もあったけど、意思を残さないとだいたいのところ延命治療に移行されてしまうとか、実はそっちの方が自分にとっては苦しかったりしてとか、意思を示さない方が親自身の死に方に関わってくる問題があるような。不安を通り越して、私自身はなんでもいいから長生きすれば幸せなのかというと、なんとなくそうとも思えないんですね。

とにかく生きてて欲しいとか家族に泣かれて自分はもう頑張れないと体が言うのに、家族のために頑張っているという人がいっぱいいると聞くと。正直、産んでない子の歳をかぞえるようなものだけど、私自身がもう頑張れないところで生きてくれと泣かれるのも辛いだろうなとか、私の場合死んでもずっと残された人のこと心配してるんだろうなとか、家族を持つと大変だろうなと思うこともあります。

田舎なのでなぜかよく行ってた店でいまだに嫁候補にされていたらしいけど(最初幻の声聞こえてしまったのか、と思ったけど…)、田舎なだけにただの労働力と、介護要員ですよね。大人しくて言うことを聞きそうだからみたいな理由なのかなぁ…。まだこんな時代だったのか…と複雑になります。親御さんの方になぜか気に入られたらしく、特に本人の人のことは何も知らないっていう。自ら進んで介護を担いに嫁ぐ場合、財産が豊富な家とかおそらく事情があるんだろうなというのははたから見てもわかりますし、本当に本人の親のことで精一杯だと思いますよ。自分の親のことを嫁まかせという選択が今の時代使えないし、もしあったらだいたいもめて離婚されると思います。

「今の若者が憧れる正社員と専業主婦のカップルって、よく考えると、社畜と家事従業者っていう最悪のカップルじゃないですか。」という書いてあるところが。確かに…。婚活とかも…。でも社畜だった人は社畜になるのと引き換えに財産を得ていることを忘れてはいけないとも。

ものすごく乱暴に言ってるかもしれないけど、自分が困ってる、社会的弱者とか認めて当事者性を持ち、助けて欲しいことを具体的に訴えるなりそれなりに個人個人がやるべきことはあるんだけど、今は何が悪いとか、責任転嫁しているだけで、なぜか他を叩くとか、女性叩きに行く人など、実質的には生産性のないことをやっていて、直接的に自分の利益に繋がることをしていない人が多いってことなのかな。結構文章量があるように思うけど読んでみるとよかったです。

団塊の世代の人ってサラリーマンの人がかなり多いけど、親世代は農家だった人が50%(?)くらいと聞いて、余暇などの潤いというか(古臭い表現だろうか)そういうやり方とか親に教わらなかったのかなぁ…と疑問です。私の祖父祖母はテーラーの職人と和裁士なのである程度自分が育っていても健在だったら、趣味的にでも普通に教わってたと思いますが。祖母は畑もやっていましたし。小2くらいの頃祖母が私に手縫いの運針の練習をさせたりお手玉作ったりしてたのは多分親心というか、手に職をつけさせたかったのかも…。
| 2018.11.09 Friday | | - | - |