さるころさん
一時期話題になっていたけどサラッと読めた。結婚なんて大変じゃないか!と思っていたから結婚したいとあんまり思わないけど、結婚したいと焦るのが普通なのかな…色々な手続きがとても大変なんですね。最初の頃は案外アバウトな感じで結婚相手を決めているんだなと思いました。

旧時代的な顔も知らない相手と結婚するのが当然でひたすら家事労働するみたいな感じは逆に想像できるんだけど、それ今やりたくないし、現在結婚しても結局大体そうなるから稼いできてくれるとか、条件で見るのもあんまりする気ないし、単純にその人が好きじゃないと結婚したくならないです。

生活環境の違う他人と息を合わせるのも大変なのに、子供がいるともっと大変だと思います。スーパーに行っても赤子を抱きながらスーパーに来ている男性、本当にちっちゃい子を真夏に抱えながらお役所に来る女性などいますし。

おじいちゃんおばあちゃんと同居など手があったらだいぶ助かるけど、未婚でお母さんになった方とかだと、その辺が本当に大変なんじゃないかなと思います。両親そろってても核家族は結構きつい。相当意思の疎通ができてお互い協力できる相手じゃないと、相手がそもそも今大変なのを承知で何か頼む必要とかあるだろうし。
| 2018.08.17 Friday | | - | - |
 健康で文化的な最低限度の生活
そんなドラマがやってて、専門家じゃないからよく知らんが、カフェ(?)みたいな公共の場でケース内容を愚痴り合うというのが普通にアリな展開なんだろうかというのは疑問だけど…。いや、アウトな感じめっちゃするけど…。ちなみに漫画は読んでないです。
| 2018.08.14 Tuesday | | - | - |
 ナイチンゲール言葉集
たとえば、あなたが徹夜で仕事をしたあと、お茶一杯飲むことを許されるどころか、「自制心をはたらかせなさい」と、たしなめられたとしたら、あなたは何と言うであろうか?ところが、病人の神経は常に、あなたが徹夜したあとの神経と同じ状況にあるのである。
これは確信をもって言えることであるが、その患者にとって何が看護になるかを知らないことになると、患者としては、それを看護師に教えるよりは、看護師の怠慢を我慢しているほうがはるかにましなのである。

教えようとすると患者の心は乱れるし、また患者が弱っているときには、とても教えられるような状況ではない。とくに、それが自分自身のことであるだけに、自分から教えることはなかなかできないのである。
毒舌吐いていると思うけれど、自分が人を批判するほど自分が苦しくなってくるし、本当は本来そんなことしたくはなかった、精神力の限界だし、自分がどんどん醜い人間に思えてきて、何の苦もなく高みから批判しているように思われるのかもしれないが、批判するほど自分の負荷も増えて生きているだけで苦しくなってくる。でも黙って従っていられる許容範囲を越えた感じがしたから。
| 2018.08.13 Monday | | - | - |
 座右の諭吉
座右シリーズ結構あるみたいですね。
| 2018.08.12 Sunday | | - | - |
 雑誌
| 2018.08.11 Saturday | | - | - |
 座右のニーチェ
いい意味で煽られている感じで元気が出てきます。
| 2018.08.10 Friday | | - | - |
 座右のゲーテ
読み放題で無料だった時があって、読んでいたら面白いです。私は印象派好きだけど、確かにダヴィンチみたいに正確な物を描ける人じゃなくてごまかしているのかもなぁ…過去それなりに正確に物の形をとる努力はしたけど、結構精神力を使うというか真面目さに息切れしてしまいます。

技術の裏打ちのある人に師事するのは正しいと思うのですが、芸術だといつまでも同じ先生についていると丁寧に教えてくださるほどコピーのような作風になっていくし、でも一人でやっていて果たしていいのかとかよくわからないです。

感覚で描くのか、切り替えて思考して自分の絵にするのか…。わからない。元々は感覚で描いて勝手に絵が出来上がっているタイプなので。昔のように工房で修行するのが仕事で腕が上がったら工房を移ってまた修行というのはすごくいいなぁ…。今は基本的に芸術は修行しても金がかかるだけですし。

キンドルアンミリテッド、図書館より今便利かもしれませんね。まだ登録していませんが。
| 2018.08.10 Friday | | - | - |
 ナイチンゲール言葉集
まったくのところ、穏やかな物腰と礼儀正しい態度を保っている病人たちは、その(ほとんど)が、その一日じゅうその一刻一刻に、あなたが知っているどんなに強い自制心よりもはるかに強い自制心をはたらかせている。それはあなた自身が病気にならない限り理解できないであろう。
周囲のためらいや優柔不断、これはすべて患者にとって恐怖である。患者にしてみれば、他人の躊躇や優柔不断を突きつけられて苦しい思いをするくらいなら、自分で情報を集めて自分ひとりで決心してしまうほうが、はるかにましであろう。
病人に施している側だと思っている人に対して色々感じることがあっても、感情を露わにしない人は結構いると思います。そして苦しい状況にある時に一見平穏そうな態度をとることはとても精神的にそれだけのことでも苦しい。

でも平穏を保てないとその場にいられないから頑張っていたりと。とても精神的に厳しいと思います、毎日のことで死ぬまで終わりが来ないこともあるから。それに加えて、いつまで苦しみながら生きるのか先が見えない絶望感や孤独感。

なのになぜ健康上問題ない方が惰性で迷走したような仕事しているんだろうと謎に思う。病気だってだけですぐ疲れてしまうし(健康な人の比じゃないくらいの強い疲労感だし、しかもなかなか回復しない)、活字が読めなくなって日々やれることが制限されている人もいる。やりたいこともできない辛さや閉塞感が心から理解できるのか?

健康ってそれだけのことが病人から見たらすごい楽ですよ、体のどこにも重荷がない、あっても筋肉疲労とか。重荷がないのになぜ惰性で生きているのか…。病人から見ると意味がわからないし、一体何なのだろう。

病気で元気もないと何をされようが、批判する気力も失せますしね。それを嘲笑しながら仕事に当たるというのはその職場、地獄絵図ですよね。なぜ生活面で力がつくようになど、できることがたくさんあるはずなのにサポートを尽くそうと思わないのか理解に苦しみます。

せっかく料理をする機会があるのにも関わらず、迷走を続けて人の命の時間を無駄にしていたのか?適切な指導がないと上手くなるものもまずならない。勤続年数の長いと言う方にカレーの作り方を逆に尋ねられたので、カレーの作り方がなぜわからないのかと驚愕した。というか、仕事なら普通予習するだろう…。しかもシェフの作る高度な料理ではなくごく一般的なカレーですし。どの領域のお仕事も一生自己研鑽が必要とのことですし。
| 2018.08.08 Wednesday | | - | - |